感想日記

演劇とかの感想を感情的に書きなぐってます。あくまでも「感想」だし、備忘録としてネタバレしまくりなのでぜひ気を付けてください。でもあらすじとかはあんまり綺麗にはまとめてないです。

野田地図『フェイクスピア』、感想の後編(ようやく普通の感想書ける喜び)※ネタバレ&イラスト有

2021/07/03

東京芸術劇場 プレイハウス

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感想の前半、中編はよければこちらからどうぞ

monsa-sm.hatenablog.com

 

monsa-sm.hatenablog.com

 

 

中編が「観たすぐ後に考えて」で、前半が「観た後にぐるぐる考えながら」の感想で、後編は「観ながら考えて」の感想に近いかなあ、みたいな感じです。

 

というわけで、もう時間も大分経っているし(レポートのせいでね!)、綺麗にまとめられる感じもしないんですが、最初に超最高だった部分書いたら、初めっから終わりまで「ここ好き!」ってなったとこをつらつら書いていきたいと思います。

 

ちなみにレポートは終わったよおおおおおお!!!

参ったか!!ノーマン・ベイツにフランケンシュタインに玉手御前!!!ジャンルの錯綜がすごい

しばらく君らとはおさらばだ!!!! 

心の雄叫び 

 

めちゃくちゃ好きで心臓止まりそうになった部分

まとめのイラスト

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視覚的なものの言語化には限界があるので諦めて下手なのは承知で描きました!

顔が整っている人ほど描きづらいね!すみません!(土下座)

 

飛行機のシーン

たぶん1番感動したのは飛行機の中の演出です。 印象としてはイラストの右側です。

正直、この手の演出ってよく列車の表現とかで見ます。

最近観たやつだと『夜中に犬に起こった奇妙な事件』とかかなあ…。

1番最初にこの手の演出観たのは2019/02/21に観た『イーハトーボの劇列車』だったような気もするけど…まあいっか。

とにかくよく見ます。

monsa-sm.hatenablog.com

 

でも傾斜した舞台&キャスター付き椅子はヤバい…!!!

突如爆上がりするテンション 

 

最初に、飛行機の尾翼が吹っ飛んでいくだけで、「うわすげえな」とはなったんですが、そこで終わる訳がなかった!

 

なんか、飛行機が右に傾くと右に寄ったり、前に傾くとみんなで前に来たり、逆に後ろに傾くと後ろに行ったりするんですが、そこから再び前に傾きが戻った時に、傾斜とキャスター利用でザッ!と、みんなが滑り落ちてくるのが緊迫感すごすぎでした。

ほんとに今そこで危機的状況が起きてるみたい。

 

しかも、どんどん飛行機のコントロールが失われていくのにしたがって、椅子が吹っ飛んでいくんですよ。袖に。

もがいてもがいてなんとかしようとしているのに、全部手からすり抜けていく様子をめちゃくちゃ効果的に視覚化していて、溜息しか出ませんでした。なにこれしんどい。

ちゃんと楽が下手側でCVR聞いている様子なのがまたつらい。

死に直面しながら(していたからこそ)、懸命に生きていた確かな証拠を聞くって(しかも親の)、私だったら精神崩壊しそうです。

 

そういえば、下線部だけど、どっかでmonoが語る匣についての話も、似たようなこと喋ってた気がします。

 

「この神様から授かったこの匣は、『死』が入った匣で、この匣のせいで人間に死が訪れるようになったんだ。それ以前から人間に『死』はあったんだけど、明確に『分ける』(分かる)ことはなかったんだ。まるでヒマワリが枯れるみたいなものだったのに、『死』(という言葉)が入った匣を持ってきちゃったから、(対するものとしての)『生』と『死』がはっきりしちゃったんだ

的な。うろ覚えだけど。

 

いやソシュールかよ

liberal-arts-guide.com

というツッコミが脳内で再生されたので、きっと私は心が死んでるんですかね。

だれか葉っぱプリーズ。心の水が蒸発しちゃう。

 

…でも気になる人は見たり読んだりすればいいよ…(投げる)

ちなみに私はこれ系統を読みまくった挙句に、未だに言葉に対する信頼を取り戻せてません。あと世界がたった1個の弾力と接着力がヤバいお餅に見えるようになったし、論文に至っては言葉遊びしているようにしか見えなくなった。

ので気を付けてね!!(たぶん私は病んではいないとは思っています)

 

 

なにが言いたいかというと、とにかく飛行機の演出が最高過ぎました。

今度のNODO・MAPも絶対観に行こう。チケット取れればだけど。(深刻な問題)

 

mono、改め高橋一生さん

顔が一定基準越えに整っていて絵力あるのも知ってるし、声通るのも知ってるし、お芝居上手いのは知ってるし、親とほぼ同じ年齢とは思えない程身体能力高いのも知ってるし、歌うたえるのは天保~』でびっくりしたから、もう普通に上手なぐらいじゃ驚かないよ!!

あと海外の、特に舞台系の俳優さんだと、大体みんなこのぐらいのレベルだからね!(小声)

 

みたいな感じで観に行きました。ヤな観客ですね(笑)。

 

とにかく楽とmonoが、わちゃわちゃ四大悲劇やってたけど、高橋一生さんは早急にマクベス夫人をやろう(デズデモーナは蒼井優さんという女神がいるのでそれ以外は受けつけない!というのは嘘にしても、男性がやるならマクベス夫人みたいな「強い」やつが素敵だと思う。ケイトとかでも良いけど…)そうしよう。いけるって。やっちゃえってオールメールで。観に行くから。というか行かせてください。もう何でもいいからシェイクスピアをやって下さい。ここまできたらやるしかないって。だよね???!?あとコーディリアやるならフールと1人2役を希望します!!私その演出が好きなんです!!(圧)

 

 

 

…私、楽、死んで、生きて、待ってますよ…(真顔で圧)

 

 

 

と、ふざけるのはこのぐらいにして、四大悲劇のわちゃわちゃは次の項目で爆笑しながら書くので一旦脇においておくとして、とにかくラストが最高だった。

 

ちょっと大分前後関係あれなんですが、最後、飛行機のシーンの終わりなのかな、舞台に1人うずくまって、匣に耳当てながら、これもうろ覚えなんですけど、

 

「Whoop. Whoop. Pull up. 衝撃音。Whoop. Whoop. Pull up. 衝撃音。…録音終了。」

※Whoop(うー)は警告音。

 

この時の、「ただ耳から入ってくる音をそのまま口から出すだけ」みたいな感じが最高すぎて…。
舞台で、こういう何にも色をのせないように発話するのってムズいんじゃ、とか素人考えで思うのでマジこの部分が一番最高だと思いました。

 

 

そしてこういう実際の事故みたいな表象不可能なものを差し出すのに最適解というか…、

 

現実(事故)⇔テクスト俳優(インターフェイス)⇔演劇性、想像的なもの⇔観客

 

っていう両矢印の流れを変にゆがめたりしないで(表象不可能なものを演劇でやるとき、普通は歓迎されるはずのピンクの部分での増幅の扱いが難しい気がする。個人的な感覚として、何も増幅しないほうが誠実、みたいな好みがある)提示してくれた感があって、舞台全部通してここが1番しんどかったし、同時に良かったと思いました。

 

舞台で何もしないで、ただ立っていられる俳優さんが好きです!

これがえらい難しいのは知ってるんですが(でも古典芸能系、特に能楽関連には割と多い)、きっとそのタイプの俳優さんなんだろうな…いや今回と天保~』で2回しか観てないからまだ予想の段階だけど…今度なんかやったらまた観に行こう…ただチケットの値段と倍率がな…不安…。

 

あと真面目にmonoの衣裳は天才だと思います。

ブレヒト幕が舞台上すり抜ける一瞬しか着替える時間ないんで、茶色い上着(袖の切れ込みから手を出せるようになっててかわいい)脱いだだけなんですけど、それまでほぼ色がなかったのに、いきなり白シャツとのコントラストが激しい赤いネクタイだから全身着替えたのかと思ったよ。

 

あとプルカレーテ演出の真夏の夜の夢でも思ったけど、野田さんはブレヒト幕が好きなのか…??

 

というわけであとは思うがままに書いていく

烏さんたち!!

ド偏見かもしれないんですが、青森は東京より烏多いですよ!!(地元です)

めっちゃ烏多いよ!!下校時に電線が烏で埋め尽くされるよ!!(これはガチ)

あと東京は鳩多すぎ!!!おかけで古文で都鳥とか出てくるたびに全然関係ないのに鳩のイメージが出てくるんだけど!?!

 

あと地方出身者に江ノ島のお弁当?の話は笑えないよ!!!?

普通にわかんないもん!!!???そもそも江ノ島ってどこ!?!?

 

てか、観に行った日、早く着きすぎて、外に貼ってあるポスター眺めてたら、劇場入口の上に、烏が1羽とまってた、という、今考えると、なんというかタイムリーなことが起きてました。

 

烏、やりよる。

 

にしても烏って結構いろいろな国の神話で、カミサマのお使いなんですよね。

そして意外とWikipediaにわかりやすくまとまっている、というミラクル。

ja.wikipedia.org

 

まあ、オデュッセウスとかプロメテウスのいとこ(ところでプロメテウスのいとこってゼウスだよね。monoの匣のイメージ的にはプロメテウスの弟エピメテウスの奥さんのパンドラとつなげたいような気もするんだけど…)とかめちゃくちゃギリシャ神話に寄せてるのでアポロンの話なのかなあ…。以下Wikipediaからの引用です。

 

ギリシア神話では太陽神アポロンに仕えていた。色は白銀(白・銀とも)で美しい声を持ち、人の言葉も話すことができる非常に賢い鳥だった。

しかし、ある時にカラスは、天界のアポロンと離れて地上で暮らす妻コロニスが、人間の男であるイスキュスと親しくしている(見間違いとも)とアポロンに密告(虚偽の報告とも)をした。アポロンは嫉妬し怒り、天界から弓で矢を放ち、コロニスを射抜いてしまった。

死ぬ間際に「あなたの子を身ごもっている」と告げたコロニスの言葉に、我に返ったアポロンは後悔し、きっかけ(密告した・虚偽の報告をした)を作ったカラスに行き場の無い怒りをぶつけ、その美しい羽の色と美声と人語を奪った。カラスは天界を追放され、喪に服すかのように羽は漆黒に変わり、声も潰れて、言葉を話すどころか、醜い鳴き声を発することしかできなくなった。

 

…いや『フェイクスピア』観た人なら分かってくれると思うんだけど、太字部分、要素として入り込みすぎだろ…これは確定じゃねえか…??

白い烏前田敦子)もでてくるよね。後半に。しかもカミサマのお使いで。

 

烏(カラス)って鳥(トリ)から1本欠けているので、まあ白い烏はどう考えても尾翼が1本かけた飛行機のことだろうなあ、と思います。

 

その白い烏が匣をかっさらっていくんですけど、

 

「大切なものは目に見えないって僕をバイトで雇っている人が言ってたから、多分その匣、目に見えているからそんなに大切なものじゃないと思うんだけどー?」

前田敦子さんの発声が素敵。高くて軽い感じの声質だからポーンと突き抜けてくるし、だから、こういう現実感がない役と、浮ついた、間延びした感じのセリフとの相性半端なく良い。というか「音に反応して、音の連想から意味とは関係なく飛び出してくる言葉」に喋らされている感覚がすることが多いように思う野田秀樹の戯曲のセリフとの相性も半端なく良い。

あとどこかにあった「『大切なものは目に見えない』っていうけどさ、それってさ、目が見える人の発想だよねえー」的なセリフは大好き。膝を打つってこんな感覚かな(笑)

 

とかなんとか喋っているからせっかく奪った匣を落としちゃう(笑)

クスっとなる場面ではあるんですけど、これもどう考えてもCVRが飛行機から落ちたイメージだろうな(イラストにも描いたけどCVRを探すレインコート集団も出てくる)…笑えるんだけど笑えねえし、笑ってしまったらあとから気が付いて「不謹慎に巻き込まれていつのまにか共犯になってた」ことを自覚する、という。

いい性格してんな劇作家よ、オイ。確信犯だろこれ。

 

他にも色々あります。こういうの。

初日の524日が飛行機に乗ってた524人の数に合わせたとしか思えないとか、セリフのあちこちにCVRの言葉が散りばめられているとかとか。前のブログでも指摘したけどそもそもmonoの冒頭の「頭下げろ!」だってそうだし。戯曲読んでないからこれ以上詳しくは指摘できないけど。

「真夏に雪を降らせる~」とかもあるけど、これも白い機体の残骸とか、細かいチリとか発泡スチロール的な何かが、事故直後に舞ってた的なやつだろうし。

イタコの昇格試験も、確か事故の時に、副操縦士が、昇格試験の訓練のために、機長の席に座ってたらしいので、たぶんそれ連想なんだろうなあ、と。

あ、あとここの昇格試験の場面、なんかめっちゃ感動しました。ほんとに真っ暗になるまで照明落として、俳優さんの声は聞こえるのに、姿とかはぼんやりしか見えないの幻想的で怖くて素敵だった。

 

…ううん…しんどい…。

 

それにしても「カラスじゃない、コロスだよ!」は笑ったなあ。そうくるか、と。

狭い意味だと、ギリシャ悲劇の合唱隊の事なんですけど、大体、観客(社会)と俳優(演劇)の橋渡し、つなぎ役なんで、まあざっくり使者ってことでいいよね。

観客(社会)の代表として、よくギリシャ悲劇なんかでは、主人公に忠告したり同情したりして話しかけてんですけど。

 

尾翼が1本かけた飛行機として、事故そのものを表してもいるし、そういう絶対的な出来事(絶対的=カミサマ)からの使者としても機能しているし、もちろん観客(社会)に通じる使者でもあるから、そういう意味ではコロス的なんだけれど、でも今のこのフェイクが溢れている社会じゃコロス(使者)としての役割よりカラス(ギャア、と鳴くことしか出来ない、あるいは沈黙したままこちらをじっと見つめてくる死者)としての役割の方が勝っちゃう…、みたいな色んなイメージが駆け巡ります。

やはりやりよる、烏。

 

しかもこの烏を演じるアンサンブルの方たちがとにかくすごい。

声の通り方が尋常じゃない。正直メインキャストより野田秀樹の舞台ってこと考えれば好きかも?

勢いとエネルギーがあって、「そうそう、野田秀樹の舞台ってこういう喉が枯れそうなレベルで叫ぶ感じ!!甲高く天まで突き抜けそうなほど常に興奮してる感じ!!そうだよこれだよこれが聞きたかったんだよ!!」みたいな謎の感想を抱きました。

 

私、野田秀樹作品のことを躁鬱作品だと思っていて(どんな印象)、躁状態が限界までくると一気に(落ちついて静かな場面)になってしんどくなるのが分かってはいるんですが、この躁状態が最高に好きなんです。なんかもう自分も相手もなに喋ってんのかわかんないけどとにかくテンションだけは嫌でも上がっちゃうみたいな。楽しい。

 

つまるところアンサンブルとしての烏さんたちが最高でした。

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これが木のシーン。木が倒れるのをアンサンブル(烏さんたち)演じる。

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これは伝説のイタコをリフトして飛行機的に飛び去るシーン。結構飛行機っぽい。

あと高橋一生さんのファンで、下手側の最前列に座った方は

このシーンで吐血しそうだな、と2階席から観てて思った。

 

(上2つの画像と以下で引っ張ってくる画像は全部このサイトからです→高橋一生×野田秀樹『フェイクスピア』初日終演後の特別対談 | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス (eplus.jp)

 

ところで、みんなよかったら青森にも烏を見に来てね。

夕方の電線はホラーだよ。主に糞的なあれで。

 

そして、シェイクスピア野田秀樹)の登場シーンでmonoに盾にされていた烏さんは大丈夫だったかな…。あの2人の間に入るのめちゃくちゃ嫌だな…(笑)

 

このシーンはmonoのビビりっぷりが笑いました。

「じっとして!柱になって!ちゃんと僕の事隠してよ!!」みたいな。

シェイクスピアもツボってるのでやや楽屋ネタ風になっててそこも笑えました。

…というか高橋さんの独壇場というか…分かる…ああいうちょっと余白が許される場面って上手い人は楽しんでやるよね…きっと千秋楽に向かうにつれてどんどん笑いが加速したんでしょ…。

 

でもまあ、こんな登場してくれば普通はビビるか(笑)。どんまいmono。

NODA・MAP第24回公演「フェイクスピア」(撮影:篠⼭紀信)

 

四大悲劇というよりもはや四大笑劇になってた四大悲劇

冒頭のイタコ見習いのアタイ(白石加代子)へのダブルブッキングから、まあとりあえず霊、降ろしましょうか…みたいな結構グダグダな面白い流れで、降霊に入るんですが、ことごとく何故かmonoと楽の方に降りちゃうんです。どうしてお客さんに降りるんだ。なんかのドッキリか。

そして、降りてくるのが、なんとシェイクスピアの四大悲劇の登場人物、というトンデモ展開です。(女性役は全部mono)

 

最初リア王とコーディリアで、これは比較的笑いが少なめなんですが、次のオセローとデズデモーナあたりからもう耐えられない(笑)

同級生の楽が突然自分の妻のことを「デズデモーナ!」とか言い出すから、アタイが面食らいながら

 

「え、楽の奥さんは外人さん??」

 

とか聞いた瞬間に吹きました。確かに素朴な疑問としてあるよねそれは(笑)

 

マクベスマクベス夫人も笑いました。

 

「『部長どまりでどうすんのーッ!?』って言われた」

 

みたいな楽のセリフから、一気にマクベスに入っていってたと思うんですけど、確かにマクベスって一貴族が王にのし上がる話だから、現代で言うと、部長から社長にのし上がるもんかwwwその発想はなかったwwww

 

クオリティとしてはマクベス夫人のあの「染みを洗い流す」部分とか、ちょっとぞっとするぐらいすごかったんですが、こういう部分ってプロが本気で真面目にふざけてるから面白いんだよね。たぶんだけど。

 

で、マクベスパートが終わると、いよいよシェイクスピアのお出ましなんですが、ここはメモ解読したからたぶんセリフあっているはず…。

 

楽      「シェイクスピアだ!暁烏と一緒に飛来するぞ」

mono「でも何でそんなやつが(「そんなやつ」呼ばわり。monoは一貫して沙翁に冷たいww)

楽   「ロイヤリティーだ、無断借用したからだ!」

 

シェイクスピアロイヤリティー著作権の組み合わせで笑うなって方が無理なんですけど!?!

みんな知っての通りシェイクスピアってエリザベス朝時代なんで。確か1作品のぞいて全部下敷きにした作品特定されてたんじゃなかったかなシェイクスピア。この世界的な劇作家自身、無断借用しまくり野郎なので、ほんとに笑った。自分がされるのは嫌なのかよ、と。

 

お腹痛かったです。どうしてくれるんだホントに。

 

ハムレットに関してはこのシェイクスピア登場の後になるので、ちょっと離れた部分にあるんですが、ここはちょっとかなり物語も進んだので、父であるハムレット王がmonoに、ハムレットが楽に降りてきます。monoが実際に楽のパパなんで。

 

で、monoが舞台後方の高くなっている部分(八百屋舞台なんで)に、観客席に背を向けたまま、亡霊として語りだすんですが、ハムレットでも、ここっていわゆるホラーシーンに近くて、よく照明工夫したり、音響的に特殊効果を使ったりするんです。特に父の亡霊の方に。

 

「心して聞け、ハムレットハムレットハムレット…」

 

みたいにエコーさせるとかね。あるいはスピーカーとかで劇場全体に声をぶちまけるとか。

 

 

 

にしても今回、まさかセルフエコーだとは思わなかったよね。

謎に芸達者なんですけど高橋さん。どこに技術を使ってんだ(褒めてる)

 

「耳を傾けるのだ…のだ…のだ…野田(のだ)…」

 

で、ゲラゲラ笑った私は悪く無い。あれは確信犯的に「のだ=野田」ってやってた。

絶対に。いやもう絶対に。

 

 

 

あと楽が、地下鉄に「飛び込むか、飛び込まざるべきか」悩んでいた『地下鉄のハムレットは普通に観てみたい。誰か書いて。

特に時代錯誤な服装で颯爽と電車から降りてくるローゼンクランツとギルデンスターンとかが見たい。

そしてそれに「うわ…やべえヤツらきたんですけど…マジ関わりたくねえ…」みたいに目を向けるハムレットが見たい。

オフィーリアはいつも傘を持っていない時に限って雨に降られる雨女で、ホレイショーが鉄オタならなおよし。フォーティンブラスは他社線の関係者だったりするんでしょ??

そしてめくるめく乗車賃の値下げ競争の激化と牢獄の囚人のように疲れ切った顔で通勤ラッシュに挑むサラリーマンという戦士たち…。その戦士が飲み会という戦いで残していく吐瀉物を片付ける、髑髏マーク付きのお手製制服がお気に入りの清掃員の方…。

 

それらをチューハイ缶持ったまま「なんかやる気でねえ…しんどい…」ってハムレットがベンチから見つめてるんでしょ??

そして飲み終わったチューハイ缶をしばし見つめ、「なるようになれ」ってポイ捨てして、それが運悪くホームに落ちる甲高い音、安全確認のための電車の遅延のアナウンス、そして徐々に暗転していって幕なんでしょ??

 

爆笑間違いなしじゃないですか。誰か面白おかしく書いて( 「あとは、沈黙!!」)

 

ごめんなさい話戻します。春学期終わってテンションマックスなんです。許してください。

 

野田さん以外に誰が出来るんだよこのシェイクスピアとフェイクスピア

タイトルまんまです。無理だろ他に誰ができんだよこの絶叫系トリックスター俊敏おじさん。(表現)

ほんとに還暦越えなんですか?うそでしょ???私の知ってる還暦越えと違うんだけど…。

あとよくあるシェイクスピアのイメージに謎に似てる。似すぎ。

NODA・MAP第24回公演「フェイクスピア」(撮影:篠⼭紀信)

すっごいノリノリのレヴューみたいな感じで出てきます。

恐山で幽霊に出会っても、だろうな、レベルでビビらないかもしれないけど、こんな陽気な集団が突如湧いてきたら逆に怖いです。monoに同情しかない。

 

そしてやりたい放題のシェイクスピア。最高。というかよくあんなに叫んでて、最後まで持つな。演劇お化けか(失礼すぎる)

 

毎回素朴に疑問なんですけど、野田秀樹の戯曲って、野田さんありきの登場人物いること多いじゃないですか。あれご本人が舞台に出られなくなったらマジ誰が代わりに出来るの??こんなトリッキーな役。普通に無理じゃね??

 

…まあいいや…せいぜい私は長生きしてどうなるか見ていこう…。

でもこの人100歳ぐらいまで普通にはっちゃけてそうで怖い。

 

前のブログのどっかに書いたけど、もうちょっと正確に書くと、シェイクスピアが出てきたとき

 

mono「僕はあなたを呼んでません」

沙翁  「そのヨンデマセンは私を呼んでませんってこと?それとも私の作品を読んでません、の、どっち?」

mono「両方です!!!」

沙翁  「ありえな~い」(この言い方www)

 

みたいなハイテンションにくだらないやり取りが続いてもう客席は笑うしかない(笑)。

monoが必死で、シェイクスピアがのらりくらりしてる温度差が最高でした。

 

にしてもこの後の場面でmonoが

 

「悲劇を背負うなんて(背負ってなんて、かな)、僕の運命を勝手に決めないでください!」

 

って何となく売り言葉に買い言葉でシェイクスピア(フィクションの王様的位置)に言い返すのは、後の展開考えると意味深長です。

なんで意味深長かは感想の中編に書いたつもりなので、ここでは詳しく書きません!!

 

「ノンフィクションを断片化して、好きなようにいじくりまわして、てめえらで勝手な文脈に当てはめて、勝手に解釈して感動してんじゃねえよこの感動ポルノ野郎!!」

※monoはこんな言葉遣いしてません。でもこういう内容は普通に劇観てても受け取れるので、この作品自体は感動系の作品じゃないような気がやっぱりする。

 

ぐらいの意味に私は受け取りました!!(口調が荒いのは私のせいですごめんmono)

 

あと大変に爆笑したのが、四大悲劇を血液型みたいに分類したやつです。

ほんとおやじギャグの天才はやることが違う。

 

リア王  →「老い」の悲劇。Age(年齢)。A型。

『オセロー』 →妻が浮気した、という「妄想」の悲劇。Obsession(妄想)。O型。

マクベス →「野心」の悲劇。Ambition(野心)。AB型。

ハムレット→「苦悩」の悲劇。Bother(悩む)。B型。

 

…単純にすげえ… 

 

でなんかこの胡散臭いけど謎に説得力ある話の流れの中でTo be or not to beのあの有名なフレーズをシェイクスピアがとんでもなくろれつが回らない感じで言います。

「とおべえおっのとぅべえ」みたいな。

そんでもってそれを暫く後にmonoが身体的動きまで完コピするからまたも客席爆笑。だからどこに技術を使ってんだよ高橋さんwww

 

とか思っていると、後半で実は、To beTO BE(とべ、飛べ)だと分かって、またあの言葉で笑ってしまった自分に対して最悪に居心地悪くなるという仕組みになっています☆

劇作家マジ確信犯だろこれ。ありがとね巻き込んでくれて!!(逆ギレ)

 

てな感じで、正直この劇、観客をキレさせるか居心地悪くさせるのが目的なんじゃね?と思って書いたのが、感想の前半です。なんかそんな感じ。

 

 

あとフェイクスピアのラップは笑えるけど耳が痛い。

YO!YO!ってお気楽に核心をついてこないで。

 

「言ったが勝ち、書き込んだが勝ち、それが今の、コトバの価値!」

 

まんまSNS批判じゃないか。おもにTwitterの。

 

 

ツイートしたら謎にいいねがきちゃったじゃないか。

SNS批判のことをSNSに投稿したらみんなも共感してくれたみたいでSNS上でいいねがきた…ー矛盾!

 

みたいなテンションになりました。

元ネタは『タージマハルの衛兵』バーブルです。

再演よろしく、と、ことあるごとに言ってみる、ことにしている。

 

それもこれもこの感想書き終わったらおさらばできます。

あと少し頑張る(すでに1万字超えてる…だと…!?)

 

流石に1回観ただけじゃ考えきれなかった中間層と小ネタの数々

アブラハム川平慈英)と三日坊主(伊原剛志)とオタコ姐さん(村岡希美)とかね。

もう楽天カードがちらついてちらついt…

 

というのは冗談にするとしても、まあなんかコントっぽくて楽しい部分を埋めてくれていたな…程度の浅すぎる感想しかないです。

アブラハムと三日坊主、ややセリフ聞き取りづらかったけど聞こえないわけじゃないからいいのかな…。オタコ姐さんはすごいクリアで聞きやすかったです。

 

でもやっぱり、アブラハムが怪しいセールスマンみたいなテンションで「何を言っても反応しない」噓発見器を(これもなんかかなりの皮肉な気もする。とにかく嘘しかない舞台に噓発見器を持ち込む発想がクレイジー売り込んでる時に、「楽天カードまーん…♪」となったのは私だけじゃないと信じてますから。

 

にしてもその噓発見器を客席に向けないで。わざわざ三日坊主に支えてもらいながら舞台ぎりぎりまで乗り出してこっち向けんなwww

そしてそれでも反応しない噓発見器。もはや嘘か本当かを判断する基準が演劇空間でも観客の方=社会でもなくなってるって言いてえのか。朗らかにケンカ売ってんのか??私もそう思うから別に買わないよ??買ったりしないからね??絶対買わないからね??(フラグ)

 

あとオタコ姐さんってアタイの先輩イタコっぽいんですが、結構アタイを可愛がっているみたいで、monoと楽に、「アタイの50回目のイタコ昇格試験の日が明日で、50回ってつまり1年に1回しかないから、要は半世紀落ち続けてるわけで、半世紀といったらオリンピックを12~13回やれるんだよ!!?イタコの見料も大目に見るし、継続支援ナントカをちょろまかして何とかしてやるから、この子の昇格試験の相手役をやったげてよ」ってお願いする場面もあるんですね。

 

もう何が言いたいかは分かるよね。お腹がしんどいwww

野田さんが書いているかと思うとあの炎上込みで笑っちゃうwwww

 

というか今こそ『エッグ』を再演すべき時なんじゃないでしょうか。

どこかでやんない??マジで。私普通に観たいんだけど。

 

キャスティングが神がかってる

ここまで読んでる方だと分かると思うんですが、あんまり語彙力ないんで、ペラペラの言葉でしか表現できないんですけど、(以下の重い軽いは体重じゃないです印象です)

 

・「星の王子様、伝説のイタコ、白い烏」っていう、一種シンボル的で、なおかつリアリティが希薄になりがちな役を、圧倒的にセンター感があって、身体性が軽い前田敦子さんにあてたこと

 

・対して、物語世界でちゃんと「生身の生者」である楽とアタイという同級生を、1番身体性と存在感が重い、ベテラン2人(しかもほんとに同い年)にあてたこと

 

白石加代子さんはマジでイタコやってそうなこと ※個人の感想です

 

・声と身体は割と重いくせして雰囲気は軽くて、なおかつ人殺して庭に埋めた後に、その庭が見えるリビングに人を招いて優雅にお茶会してそうな印象(表現が不適切)の高橋一生さんを、ややつかみどころのないうえに、前半と後半でガラッと変わるmonoにあてたこと

 

などなど、特に太字の部分が最高に素敵だと思いました。

高橋さんに関しては、またお得意のあてがきでもしたんか??ってぐらいハマってた気もするし、何よりあっちゃんのセンター感がすごい。さすがすぎる。なんか軽く光ってる感じすらする。正直お芝居しているの観たことなくて、どんな感じになるんだ???ってなってたけど、余裕で期待以上だった。またなんか出ないかなあ…。

 

ようやくまとめに入れそうです

 

※ここからまたちょっとテンション変わるし小難しくなるので注意!

でも最後にはまたハイテンションになります!

 

面白いか面白くないかで言ったらめっちゃ面白いとは思うんですが、好きか、と言ったら、最初ブチ切れたので、好きじゃないわけではないんだろうけど、「許しがたい」とは思ったのかなあ、と思います。

 

楽のセリフであったけど「フィクションなんかにおさめてどうしたいの」的な。

 

…そうなんだよな、これ、実際の出来事をフィクションとして取り扱う(つまり言語的・視覚的・時間的エトセトラでその出来事を表したたくさんのイメージの配置を再検討して、その実際に現実で起きた出来事に対する新しいまなざしとか解釈を再構築する)のではなくて物語と言う1つのフィクションに、実際の出来事を1つの部品としておさめちゃっている、ように感じられるから、もやもやするんだよな…。

 

現実に起きたことに対して、ありとあらゆるイメージ(もちろん言葉もイメージ。イメージが言語的って言ってもいいけど、個人的に腑に落ちてるのは、紙に書かれた言葉は写真とかとおんなじレベルでイメージ)嘘(フェイク)でしかないことは、当たり前のことなので、そこを「嘘っぱちで偽物でしかない」なんて言ってももうしょうがなくて、「それ込みでイメージを用いるとするなら、そのイメージたちから、その絶対的な現実に対して、どんな新しいまなざしとか考察の1つが組み立てられる(フィクションの作業、とでも言えばいいのかな。あらかじめ1つの結末に向かうフィクションのなかに取り込むんじゃなくて)だろう」という「手つき」の方が問題になる気がしていて…。

で、その「まなざしとか考察」が「新しい」ほど、芸術的・政治的に価値があるってことになると思ってるんですが…。なんていうか、『フェイクスピア』は「『嘘っぱちで偽物でしかない』なんて言ってももうしょうがなくて…でもじゃあどうすればいいんだろう」みたいな感じだった気だする。だからこっちも脊髄反射的に「知らんがな」ってなっちゃったのは心が狭いのか…?

 

そもそも、やっぱり、この事故のことを、私はそんなに知らない、っていうのが問題かな…。うん...たぶん、これがもやもやしている1番の原因な気がします...「新しい」って感じるには「旧い」まなざしとか解釈を共通の前提として持っていなきゃいけないのに、まずそれがないもんな…。

 

だからなんか、「息子が父の最期の声(というイメージ)を聞いて自殺を思いとどまる物語を伝える」ためとか、「そういう個別の物語を、演劇という共同体的な形式に持ち込むことで、個別の判断を共同体全体の判断と見なすように仕組んで、『だからみんなもしっかり生きようね』的なメッセージを伝える」ための「部品」としてあの事故が使われちゃった感じがして、なんかすげえもやもやします。

そして私はそういう風にしか感じられなかったから、それ観て(もしかしたら違う意味で泣いているのかもしれないけど)号泣している周りにさらにドン引く悪循環…。

というかもし、あのCVRに録音されたイメージを再検討・再解釈した結果が「生きろ」だとしたら少なくとも私はなんでかは分からないけど、分からないけど受け入れたくない...なんでだろう...それはあまりにしんどすぎる...って思っちゃう...

いや、感想の前半と中編で考えた結果どう考えてもそれはないんだけど、そこに反発する気持ちが私の中にあるのも事実ですね...だから最初脊髄反射的にキレてしまったというか...

 

いくら、作者自身が「不謹慎」だと自覚していて、なんどもセリフ中にそのことに関連する言及があって、さらに冒頭と終わりで「白石加代子」という役を出して「これからやるのは全部嘘なんですよ」と丁寧に誠実に提示してくれても、なんかこのもやもやが消えない…。

誠実に向き合いたいという覚悟はすごいとは思うけど…。だからこそこの「不謹慎」と葛藤につき合ってくれて「…ありがとうございました」的な最期の白石加代子さんのセリフには私もぐっとは来たけど…。

 

 

…あと、1個言っていい…??

 

なんでシェイクスピアだったの…???

シェイクスピアの息子のハムネットが父ちゃんより早くに死んでるのとか関係ある...??

 

明らかに消化しきれてない感じが素人目にも感じるんですが…??でもこの過剰さやっぱり嫌いじゃない...、みたいな複雑な気持ち...。

 

 

 

…まあいっか!!面白かったし笑ったし楽しかったしクオリティ(特に演出と俳優陣)高かったのは事実なので!!

いつもなら演劇観る時、「物語」をそこまで重視しないのに(「物語」重視なら小説とか映画の方がよっぽどいいと思う)、今回感想まとめるにあたって、がっつり「物語」入り込んできちゃって、ちょっと消化するのに、かなり、だいぶ、てこずりました!

 

まだ6割も消化できてないような気もするけど!!!

感想三部作にしてもこの消化率ってどういうこと!!??

 

しかも『森 フォレ』の感想もまとめなきゃいけないんですよ!!?

どうしてくれようあの複雑ではないけどやや煩雑な超気持ち悪いファンタジー!!(表現)

 

とにもかくにも『フェイクスピア』はこれにて私の中で決着つけたことにしたいと思います。もう無理。ロイヤリティ払うから助けてシェイクスピア

 

あとあれだ。スマホ関連でお客様同士が終演後もめてたから、マナーもそうだし、トラブル回避のためにもスマホはマジで切ろう。ほんとに。周りの人とか間に入るスタッフさんの気持ちを考えてあげて。

 

そして、これでようやく他の方の感想読めます。長かったぜ…。