感想日記

演劇とかの感想を感情的に書きなぐってます。あくまでも「感想」だし、備忘録としてネタバレしまくりなのでぜひ気を付けてください。でもあらすじとかはあんまり綺麗にはまとめてないです。

芸劇eyes番外編 vol.3 『もしもし、こちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─』 弱さを肯定する社会へ、演劇からの応答

2021/07/25

東京芸術劇場 シアターイース

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ちょっとだいぶ感想が溜まってきたので、日付順にアップできてません!

 

でもレポートが終わったので焦らずに書くよ!!

 

ということで、行ってきました『弱いい派』

 

前にやっていた展示の方も、『フェイクスピア』を観に行くついでに観に行っていたので、観る前から期待がヤバかったんですが(しかも千秋楽!!、最高でした。

 

…いや…7月に観たのがね…『フェイクスピア』『森 フォレ』『メディア』だったので…いやもうなんかほんと大きくて割とヘビーなヤツばっか観ていて、全部観に行って良かったんですけど、メンタル的にキていて…。

しかも前者2つは「上を向いてor前を向いて強く生きていこう系」だったので、そういうのも元気は出るんだけど、レポートでメンタル死んでる時とかは、その強い言葉とメッセージが逆に辛いという謎現象が起きるので…。

 

とにかく、観に行って良かったです。

そしてこれでメンタル回復した私は、懲りずにJCSコンみたいな大きくて派手なヤツを観に行く…というエンドレス…。

 

monsa-sm.hatenablog.com

 

あと、演劇の情報集めるのがヘタクソなので、こういう風にオムニバスで色んなやつを、割としっかりめにつまみ食い出来るのも素敵でした。

 

 

 

いいへんじ『薬をもらいにいく薬(序章)』

 

ワタナベ君みたいな人が身近にいたらなあ!!

 

となりました。あれはなるよね。

 

精神的に参ってしまって引きこもった主人公が、でも今日は出張先から恋人が帰ってくるし、なんなら今日恋人の誕生日だし、サプラ~イズ!って空港に迎えに行きたいけど、ちょうど抗不安薬みたいなの切らしてて(だから心療内科「薬をもらいにいく薬」すらない)、どうしようかなあ…てなってたところに、バイト先の同僚のワタナベ君が、シフト関係の連絡で訪ねてくる、で話聞いたワタナベ君が「だったら俺空港まで付き添いますよ。それでもまだ無理?じゃあ、とりあえずイメトレして、起こりうる怖いことへの対処法考えてから出発しましょう」、みたいな(うろ覚え)話です。

 

まずなんか、3作品のなかで1番舞台面がポップでオシャレだったなあ、という印象。

 

 

2枚目かな、これだとよく分かんないかもなんですけど、結構舞台面に家具とか、ケースとかが点在していて、そのケースとかから衣裳ぶちまけて、物語進行にそって随時着替えていく感じでした。くるくる変わっていくのでかわいい印象です。

あと個人的に、舞台始まる前の暗転が長めだったのが結構好き。

 

そして展開される会話がすぐ隣で起こっていそうなレベルでリアルすぎて、しかも共感しかなくて、なんか笑っちゃう。

 

(こんな仕事もせず引きこもっている私は)さみしいと思う筋合いさえないのかな」

 

(生存確認かねて来てくれたワタナベ君に対して)生きてます~すみません…」

 

「人がいっぱいいるところのラスボスって感じじゃん。空港って。」

 

みたいなセリフがいっぱいあって。

ああああわかりみ…となりました。すごいわかるこの感じ。

 

ワタナベ君の、「ふ~ん…」ってそっけない感じがまた素敵。

なんか、そのそっけなさの延長で、なんてことない、みたいな感じで助けてくれるのが、すごい優しいなあ、と思いました。

 

あと

 

「俺のキモチ、先回りしないでください」

 

っていうのがあって。うわ~ワタナベ君こういうこと言ってくれるんだ、最高…って思いました。

不安症の人って、というか私もそうなんですけど、

 

「こんなこと言ったり、やったりしたら迷惑かな」

「困らせたりしないかな、困らせちゃって嫌われたりしないかな…」

 

ってなってパニックになったりするので、これは結構ポイントついてきているセリフだな…と。

こういうこと言ってくれるとかなり安心して喋れると思います。

 

それにしても、主人公、にしては、結構、そういうワタナベ君相手とはいえ、ハキハキ言いたいこと喋れてんじゃん、とか思っていて(発声とか含めて)、せっかく小さいハコなんだから、もうちょっと普通の発声でもいいんじゃないのかな…とぼんやり観ていたら、どうやらワタナベ君の恋人が、そういう「助けて」すら言い出せない、醸し出せない人らしくて。

だから主人公は「ちゃんと言い出せる、醸し出せる人」としての対比であんな喋り方なのかな…。

 

あああそれは辛いな、と思いました。

何で舞台下手側に、ずっと心療内科の受付的なスペース作って、男性が1人診察待ちしているのかな、と思っていたらワタナベ君の恋人かあれ…。

物語が展開される街の至るところで、お便り読み上げるタイプの悩み相談ラジオがかかっていて、ワタナベ君が主人公に、恋人とややすれ違いみたいになっていて辛い、って話した後に、「35番」ってラジオネームで、似たようなの内容の相談がラジオで読み上げられて、その時、心療内科の受付の方で「25番の方ー」って呼ばれたときに、待っていた男性が一瞬立ち上がって、また座るので、「あ、きっと彼の番号は35番なんだろうな」と、観客に予想させる素晴らしくオシャレな演出でした。好き。

 

なんか上手く言えないけど、ワタナベ君なら受け止めてくれるから言ったほうがいいと思うぞ…たぶん…。

 

あと、主人公が、玄関の扉から出られない、何かが立ちはだかっている気がする、ってところの演出も好きでした。

 

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Twitterから

 

人が扉の代わりに立ちはだかるんですよね。物理的に。

これもすごい分かる…となりました(詳しくは省くけど私も引きこもり経験者です)

 

なんかとにかく圧がすごいんだよね…。

そのを人を使ってこんなに上手く視覚化するなんて…すごい…。

 

出演されている俳優さんも、5人とかなり少ないのに、主人公、ワタナベ君、バイト先の同僚、ワタナベ君の恋人、心療内科の受付の人、花屋さん…などくるくる衣裳チェンジ&場所移動で、ミニマムに、でもスムーズにやっていたので、すげえ、しか言えません。

 

「私、泣いてしまうかもしれません!」

 

って、主人公が、イメトレしてる時に空港で彼氏に会った想定の部分で言うけど、私も泣いてしまいそうなぐらい感動しました。内容にも演出にも。

 

そういう時に、

 

「泣け泣け」

 

って、なんでもないようなことのように、そっけなく寄り添ってくれる、ワタナベ君みたいな存在が、近くにいる主人公がちょっと羨ましいです(笑)

 

それにしても、ワタナベ君が主人公(シテ)のところに訪ねてきて、空港に行くイメトレ(夢)を舞台上で展開して、最後は現実に戻って、出発のために家から出るところで終わる、とは、また随分能っぽい構成だな…とか思っていたら、次の作品が狂言としか言いようがないヤツでした!!

 

ウンゲツィーファ『Uber Boyz』

全体的なこと

破壊的に笑えるんだけどなんだこのカオス!!

 

何を言っているのかは全然分かりません(笑)。

オタサーにぶち込まれた気分」ってセリフがあった気がするけどそれこっち(観客)のセリフだわww

何が起こっているのかも正直あんまり分かりません(笑)。

でもとにかくめちゃくちゃに笑えるし、舞台上の「彼ら」が「何かのために」必死に生きていこうとしているのは分かる。

「何か」かはよく分からないけど、たぶん「夢」のためなんだろうな、と思いました。

「人の夢は終わらねえ!!」ってセリフがこの物語の中では妙に普通で力強かったし。

 

 

たぶん、「何だかよくわからない」=「弱い」、ってことなのかな、と思います。

でも、「何だかよく分からないけど、そういう奴もこんな必死に生きてんだぞ!」って意味では、たぶん1番「弱いい派」らしい作品だったのではないのかな、と思います。

 

あとは、下に小さい字で書いたように、「よく分からない」ものには、現状のシステムに風穴開ける力がある場合が多いので、「弱いい派」というより「ポスト弱いい派」とでも言えばいいのかな…感はあった気がします。

よく分かる=社会において支配的(マジョリティ側)な言語を使っている=

たとえ取り扱う主題が反・社会的なものやマイノリティ側のものであっても、それは「今ある社会、マジョリティのシステムを逆説的に補強する存在」としての「反的なもの」になってしまう可能性もある。

 

いやそれにしても、「何言ってるのかも何が起きているのかも何だかよく分からないけどめちゃくちゃに笑えて、観客をたまに振り落としつつ、ギリギリのところで妙な疾走感とともにド派手に楽しく終わって、『今さっき』起きたことが『今』は説明不可能」な演劇が大好き勢なので、これは最高に好みでした。

 

プレイハウスでやるなら全然観に行くよ???

たぶん冗談なんだろうけど

 

好きだった部分をこまごまと

『薬~』が終わったあと、『薬~』でも使ってた自転車がぐるぐる走り回っているうちに、舞台がまっさらになるんですが、なんで自転車がさっさとハケないで、ぐるぐるしてるのかな、と思ったらUber Boyz』でめちゃくちゃ自転車で舞台駆け回るので、それ繋がりだったのかな?と今思ってます。

だとしたら面白いな~…違うかもだけど…。

 

したら急に舞台後方に字幕が出て、

 

「多様性の発展の果てに、地球平面説が証明されました!」

 

とかなんとか。

もうこの時点で「これはヤバい劇だwww」とは身構えていたんですけど、予想をはるか斜め上に上回っていくカオスでした。

 

冒頭に、関西弁の、ルフィの姿したコナン君が現れてくるんですよ。

主人公らしき、バスケって人のところに。

いや私の頭がおかしくなったとかじゃなくて。真面目に。

 

 

しかもセグウェイに乗って。

観客の脳ミソショートさせる気かこの野郎(褒めてる)。

 

友情の印(だったっけ?)の腕の✖印まで完璧に再現してて爆笑しかできない。

 

しかもこのコナン君が、ホログラム広告?とかで、要はホログラムって設定なんですけど、なんか、バスケがそれを確かめる方法がビンタなんです。

 

当然生身の俳優さんだからビンタすればめっちゃ当たるじゃないですか。バチーンって。

 

でも結構いい音が鳴ったビンタの後で、全然何もなかったかのように

 

「ほんとだ!!透けちゃう!!」

しかもバスケが、確認のためにコナン君にビンタするのは分かるけど、お返しとばかりにコナン君が、さらに強い力でバスケをビンタするのは全然意味が分からない。

 

とか言うのでもうツッコミが追い付かない。

いい意味で演劇の形式を馬鹿にしまくってます(笑)。こういうの大好き(笑)。

 

物語として、私が理解できたのは、バスケが、ライフバゲッジという荷物を宅配しなきゃいけなくて、その案内役的にコナン君が一緒にいて、その道中でなんやかんやあって仲間が増えたんだけど、ブッチャムという人が、世界の狭間、だか果て?(この世界は平面で階層構造らしいです。だるま落としみたいな。)に落ちて死んじゃって…っていうのがUber Boyz』っていう商品の体験型?の一部らしくて、それがプレイハウスとかDisney+とかで2121年(うろ覚え)?に公開されるから、それまでは死ねねえな!!みたいな…たしかこんな話だったと思うんですけど…正直意味不明すぎて…間違っている自信しかない…。

 

ホントに観客を容赦なく振り落としてくるタイプです。

 

しかも横文字が多すぎて大部分何を言っているのかが不明。

たぶん私これなら全編字幕なし英語劇の方が、まだ物語は説明できたと思う(笑)。

 

とか思って「もう無理だ完全に置いてかれたwww」って観ていると、コーラスとしてブッチャムが出てきてくれたので、なんとか息継ぎが出来る…という…。

 

「みなさーん、こっから(下手)から出て行って、あっち(上手)から戻ってきます。3日経ったと思ってください」

 

とか言い出した時は、いや『ヘンリー五世』かよ、とか思って笑ってしまいました。

 

 

でも客席に向かって「1番奥の人の呼吸まで聞こえますよ」って呼びかけにはちょっとヒヤリとしたり。

 

意外と観客を挑発する・巻き込むタイプの劇なのかな、と思ってい観ていたら、なんかそういう関連で、世界の果て?の境界を、観客席と舞台と境界に設定していたりもして、ハチャメチャに見えて、結構きちんと考えられているな、って感じました。

まあその境を指して「俺たち(俳優)が越えたらいけない2m!」って言うのは「社会的距離かよwww」と思ってやっぱり爆笑したんですけど。

 

で、もう、彼らが使っている言葉もスピード感も、何にそんなに一生懸命になっているのかも、そもそも何を届けているのかも、彼らの素性とかも、分かりそうで、でも結局よく分からないな、となって「あーなんかつまんないかも…?」ってなりかけた瞬間に、またブッチャム役の人がコーラスで出てきて、

 

「そろそろ飽きてきましたか?狭間の皆さん!」

「でも僕たちがこうなっているのは親世代のせいなんです(失笑)!」

 

みたいなことを突如客席に向かって高らかに言い出すという。

 

舞台上の「彼ら」のことを「なんか一生懸命だけどよう分からん…」って投げ出しかけた時に、こんなこと言われたので、いや私実際年下だけど、大分ヒヤッとしました。

伝わるかなこのヒヤッと感。

 

「分からない、見えない、知らない、って親もあなたたちも向き合ってくれないから、こんな小さく閉じたコミュニティで、そのコミュニティ内で通用する言語で、わちゃわちゃやってくしかないんだよ。でもそれでも結構必死に生きてんだよ!そのことだけは今見たよね?だってそこでずっと座って見てたもんね?」

 

みたいなことを言われた気がして。

単純に言うと、親世代=観客、に、されてしまった、というか。

 

私の感想のとっちらかり具合からもわかるとは思うんですけど、あまりにも意味不明なので、これが的を射た感想なのかは分かんないんですけど、とにかく、漫画・アニメ系統のネタとかエヴァンゲリオンとかもあったし金田一もあった)とか言葉遊びとかコロナ関連とかオリンピック的ないじりピクトグラムやれよー!は確信犯だよね?)とかそういうのを、サークル内のノリで超特急に、かつ爆笑を起こしながら展開していくかと思えば、実験的な演劇がよく試みる、観客席と舞台の境界を揺さぶる的な割と真面目なこともしていて、しかも不特定多数の観客をそのまま社会の縮図のように見立てて、そこに「弱い」とされる「彼ら」がメッセージを投げかけるんだから、まさに「演劇からの応答」だな、と思ったというか…。

 

ただ、「自分のことを『弱い』方に属していると感じていて、そのことを演劇を通して、共感したり浄化したり慰めてもらうために観に来られた観客の方」がこの作品を観るのはさぞかし辛かっただろうな、とも思います。

「強い」方にされてるもんな、若干。

でも「(舞台上から見つめ返されることを想定せずに)見る」感覚で劇場に来ている段階で、全然弱くないよ、むしろそれ社会的強者とか男性主体的な感じの感覚よ、ってのは個人の感覚としてあるんですけど、あんまり言うとなんか怖いのでこの辺にしておきます。

基本的に感情移入して演劇観るのには慎重なタイプなので…。

 

でもなんか、最後の方、確かブッチャムが何故か2階のバルコニーに出てきた後…あれ…前だったかな…、なんか、そのアップルの商品発表みたいな場面で、

 

YOU'RE BASUKE!!

WE'RE BSUKE!!

 

ってなんか突然「みんなバスケだよね!!」的なことを言い出すんで、たしかバスケってライフバゲッジ持ってた人だよなあ…と思ったところで、あ、ライフバゲッジってLife Baggageってことか、と思いました。

 

「みんながバスケ」ってことは、誰もがみんな「命の手荷物」を持っているってことかな、と。

 

何と言うか、この前『フェイクスピア』で「強く生きていこう」みたいなのがセリフとして直接入りこんでいて、やや拒絶反応起こしてしまったんですけど、これはなんかいいな、と思いまいした。

 

「生きていこう」とか「強く」とかは一旦おいといても、「命」を、弱い人も強い人も、それぞれがきちんと持っていることは、ちゃんと認識しようね、みたいなオープンな感じに感じられて。

まあぶっちゃけそういう1人の生きている人間が背後にいることを、認識・想像できない人が多すぎるから、SNS上での個人及び作品に対する誹謗中傷とかが増えているんだろうけれど…。

 

なんかそういうのありきで

 

(配信とか上演とかがある2121年まで)死ねねえな!」

 

っていセリフがシメ的な感じであったので、「確かに!!」って、ニコニコしながら思わず思っちゃいました。そんな感じの目標で生きてもいいよね、みたいな。

 

あんまりまとまっていないけど、結構元気が出る作品だと個人的には思って、3作品の中だと1番好きかな…。

好みはかなり分かれそうだけど…。

 

それにしてもブッチャムが死んだとき、セグウェイに肘を乗っけるようにして寝そべって、滑らかに退場していったのすごい笑ったな…。

セグウェイの新しい使い方を見てしまった気がする…。

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Twitterから

 

コトリ会議『おみかんの明かり』

 

最近本当に夢幻能みたいな死者との交流系の演劇多いな!

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Twitterから

 

水を挟んだ死者との交流、っていう、身も蓋もなく言ってしまえば、繰り返し使われているモチーフではあるんですけど、写真でも分かるように、照明がマジですごい。

 

「おみかんの明かり」って呼ばれる、オレンジの光に触れると、死者が水面に現れるんですが、よくもまあこんなピンポイントに綺麗に色を出すな、と。

 

しかも、その「おみかんの明かり」にたどり着くためには、深い森の中を通っていかなきゃいけないみたいで、最初舞台面は真っ暗なんです。

そこを懐中電灯の光だけを頼りに女の人が上手から進んでくるんですが、途中で懐中電灯が切れちゃう。

それでギャン泣きしながら、真っ暗な舞台にかすかに光る「おみかんの明かり」をなんとか見つけ出して、そっと触れると、ブワッと床一面に青い水面。

 

照明の演出が綺麗なのも勿論なんですが、「死者に会いたい」という思いを「懐中電灯」→「おみかんの明かり」→「輝く水面」と光のイメージでつなげたのがすげえな、と思いました。

 

…たしかに誰かが死んでほんとに辛い時って、その誰かに夢でもいいから会いたいって思うし、その方法があるなら、それは希望としての光になるよなあ、と。

 

なのに死者との会話が結構のほほんとしているのがまたツボで。

 

「お顔が見たいの」

「それはいけないよ」

「あなただって私と会いたいでしょ」

「実は僕の方からは結構見えてるんだよね」

「ずるい~」

「だって死んでるんだから大体は見えるよね」

 

みたいなことを、あまり抑揚なく紡いでいくテンポ感が独特。

実際死者役の人の顔には、良い感じに影ができていて本当に見えない。さすが。

あと死者の方はマイクを使っている。

死者の声としてはよく見る演出だけど、かなり綺麗に反響していたので音響さんマジグッジョブ

 

でも、なんだっけかな、どこかに

 

 

「死んでいる人の顔を見るなんてハレンチだよ!」

 

っていうセリフがあって、ああああこっちも分かるなあ…となりました。

死者と生者が触れ合ってしまうと爆発する、っていうのはイザナギイザナミオルフェウス伝説かは知らないけど、そういう伝説と、あとこの「ハレンチ」だ、というか「暴いている」感覚から連想された設定だったのかな、と思いました。

 

ちなみに、「死者に会う」同じ構造の物語を2組のカップルで行ったあと、最初に戻ります。

 

マジか。びっくり。

 

延々とループしていく感じが、仏教的な成仏という救いがなくなってしまった現代の能、って感じで、最近こういうの多いな、と思いました。なんでだろ。

 

オノマトペ(森を歩くザッザッという音、水に入るざぶん、とか、ちゃぽんという音とか)を全部喋って表現してたのも特徴的だな、と思いました。

 

たぶん3作品の中で1番幻想的な作品でした。

 

オムニバス最高

いろいろつまみ食い出来るのマジ最高です。

チケット早めにとっておいて正解でした。なんと満席だったからね!!

満席とか久しぶり過ぎる!!すごい!!

 

そして『森 フォレ』の感想を書かねばならないのに、たぶん書き終わる前にNTLiveの『誰もいない国』を観に行くことになりそう…という…。

 

イアン・マッケランパトリック・スチュワートとお茶目さにやられて『森 フォレ』の感想がぶっ飛びそうで今から焦ってます(笑)。

がんばろ…。